ウクライナ情勢雑感

はじめに

 最近クリミア辺りが騒々しい。我々経済学部出身者にとってクリミアは、仲間内で「将軍」と呼ばれていたミリタリーマニアのエンゲルスが『ライン新聞』で当時行われていたクリミア戦争を素材に、その軍事的教養を披露していた土地として懐かしい。大学図書館で『マルクス・エンゲルス全集』の当該箇所をむさぼるように読んでいたことも今ではいい思い出だ。
 元々、というかそう遠くないむかし、クリミアにはクリム・ハン国があった。これはチンギス・ハンの死後、その息子たちに分割された帝国の一部、キプチャク・ハン国(ジュチ・ウルス)の後継国家で、オスマン・トルコの保護下に入った後、ロシアに併合された。であるから、そもそも論としてはクリミアはタタール人のものであるといっていいだろう。しかしそんなそもそも論なんて意味のないことなど、住民投票を近日に控えた昨今では明らかなことだ。

三層の問題

 今回のクリミアの問題の複雑さはその多層の構造にある。クリミアの住民はロシア系が六割を占めていると報道されている。クリミア・タタールはごく少数だと思われ、残り大半がウクライナ系だろう。クリミア住民の多数はロシアへの帰属を求めている。
 一方ウクライナ政府は、「国家」として「領土の保全」を至上命題としている。領土は寸土たりとも渡したりはできないというのが現在の「国家」の当然の思考である。
 これらに対しロシアは軍港セヴァストポリ黒海支配権を、アイデンティティの根幹として絶対に手放すことはしない。ロマノフ朝以来の南下政策で入手して以降、クリミア戦争で、大祖国戦争で、それぞれ激戦も経験した。セヴァストポリ死守はロシアの至上命題である。
 このクリミア、ウクライナ、ロシアの三層の中層以外が同じ結論に達している。

西欧・アメリカの事情

 では、西欧・アメリカはこの問題にどう対応しようとしているのだろうか。リアリズムの話として彼らはクリミアが欲しいわけではない。ロシアが掌中の玉として珍重するセヴァストポリにそう関心があるわけではない。彼らが欲しいのはあくまでも新たな市場、新たなフロンティアとしてのウクライナ本体だけである。むしろ黒海の安定のためには引き続きロシアがクリミアを保持すべきだと考えている。
 一方ロマンチシズムの話として、現在の国際社会には「民族自決」の理念が存在する。これは翻訳の問題なのだが、この「民族」と訳されている言葉は「ネーション」であり、むしろ「人民」や「国民」と訳したほうが実態に即していると思われる。つまり、「そこ」に居住している住民よりも国民を代表する政府の意思が尊重されるということであり、西欧・アメリカとしてはウクライナ政府を支持せざる得ないということである。
 西欧・アメリカにはこのような背反するリアリズムとロマンチシズムの二つの考えが存在するが、外交はリアリズムによって処理される。かつてクリミア戦争ではイギリス・フランスが、第二次世界大戦ではドイツがその攻略に多大な犠牲を払ったセヴァストポリ。その犠牲を今回、理念やウクライナのために支払おうとする者がいるだろうか。アメリカも、自分たちならもっと冴えたやり方ができるというほど傲慢ではあるまい。ロマンチシズムにそった行動はポーズに過ぎない。

ウクライナの事情

 ウクライナ国内はロシア圏にとどまるか、それともEUにつくかで混乱している。私の個人的な意見としてはEUの最後尾につくよりもロシア圏のナンバー2にとどまったほうが国家としてのプレゼンスを示すことができると思う。西側に憧れて時の政権を倒してまで西側についた東欧、中東の国々が思い通りのその後を送ることのできた例はどれだけあるのだろうか。リアリズムの話としてウクライナはEUにとって経済的な植民地である。経済的に成長するかもしれないが貧富の差が拡大し、自律性を失うだろう。我々は東欧諸国の例をすでに知っている。一方ロマンチシズムの話として市民にとって西側はユートピアなのだろう。そして大国ウクライナはロシアから受けていたのと同じ待遇をEUからも受けられると思っているのだろう。ウクライナでデモに参加し、前政権を倒した「進歩的な」市民たちの「こんなはずではなかった」という怨嗟の声が私にはもう聞こえている。この国を良くしていこうという善意から始まったことが、悲惨な結果に終わることもあるということは歴史が教えてくれる。しかし、客観的に、現実的にどうであれ、国家の行く末はその国民が決めるという民族自決の理念は尊重されねばならない。国内政治は時々雰囲気というロマンチシズムに流されることがある。

それぞれのプレイヤーの思惑

 要点をまとめよう。EUはウクライナ本体は欲しいが、クリミアまで手を伸ばそうとは考えていない。しかし民族自決という理念もある。
 ロシアはウクライナ全体を欲しているが、最低限クリミアは死守するつもりである。
 ウクライナは領土の分割を拒否する。
 クリミア住民はロシア残留を希望する。
 これら四者の落とし所は明確だろう。ウクライナの意向を無視し、ウクライナ本体をEUに、クリミアをロシアにというのが現実的な落とし所であり、すでにEU・ロシア共に同じ結論に達していると私は考えている。冷戦の再来とか、アメリカ・西欧の強硬な反対などというのは、ウクライナ住民、自国民、そして国際社会への「領土の保全」は尊重するというポーズに過ぎない。

今後の展開の予想

 ロシアは既成事実を積み上げてクリミアに対する支配力を強化してゆく。すでに三つの陸路は制圧し、自治政府を独立させ、住民投票を行おうとしている。一方アメリカ・西欧は「最大限の努力」をしたという国際世論を作り出し、じきに現状追認に姿勢を転換するだろう。アメリカ・西欧にとってクリミアには争って奪い取るだけの価値はないのである。
 だが、この予想には撹乱要因が三つある。一つはウクライナの偏狭なナショナリストの過激な行動である。ロシアはクリミア確保のためなら、ロシア系住民が多く存在するというウクライナ東部はあきらめるだろう。というより興味自体がないのかもしれない。しかしウクライナナショナリストによってロシア系住民に直接的な脅威が迫るなら、ロシアの出兵もあり得、それがエスカレートする可能性がある。アメリカ・西欧はこの地域には早急に治安維持のために部隊を派遣すべきかもしれない。
 二つめは中国の反対である。政府の主張する「民族自決」と地域住民の主張する「民族自決」の矛盾、対立は、現在の国際情勢下では中国において顕著である。領土の保全を図らねばならない政府にとって、住民の自治・独立・他国への編入は国内にウイグルチベットを抱える中国にとって他人事ではなく、いつ火の粉が飛びかかってくるか恐怖しているのではないだろうか。現在のところ政府首脳部は理性的に行動しているが、「世界秩序の理念」を振りかざして国際関係を混乱に陥れる可能性がある。
 状況を複雑化させる要因の最後はアメリカの傲慢である。近年アメリカは軍備を縮小している。いわば市場が縮小している現状で、軍需産業がこの情勢をチャンスと見て、理想主義の大統領と結託し、大統領にイギリスもフランスもドイツも攻めあぐんだ要塞を、自分たちは容易に攻略できると吹き込んだならば世界は一気に混沌とした状況に追い込まれるだろう。しかし少しでも歴史に学ぶ謙虚さがあるのであれば、このようなシナリオはまず考えられないと思う。
 現在の状況が平和裏に、多くの犠牲があったとしても、多大の流血を見ることなしに解決されるためには歴史に学んだ理性的な行動が求められるというのが、私の雑感である。